白犬簿〈2〉


 一方で、再び地方の手術台の前に立った僕は、事の凄惨さにただただ閉口するばかりでした。手足を魔物に食い千切られた者、骨ごと内臓を潰された者、その中で助かる見込みのある人はほんの僅かでしたが、それでも運び込まれる患者は後を絶ちません。時には死人の四肢や臓器を重症の者に移植することもありました。これは当時の魔界の考え方で言えばおぞましい以外の何ものでもありませんでしたが、そうすることで助かる命がたしかにあったのです。しかし、医療は人の命を救えても人の心は救えませんでした。九死に一生を得た者の中でも、暮らしの不便さや悲しみに耐えきれず自ら命を絶つ者が少なからずいたのです。それもいくらかは当然のこととも思われました。自分以外の家族を失い、己も両手や両足を失った人が絶望に身を落とすのは仕方がないと思いませんか。それからというもの僕は、家族や希望を失い、生きる限り大きな悲しみを背負うであろう重症患者を家族に隠れて安楽死させるようになりました。皆苦しみから逃れられるならと喜んで死んでいきましたよ。そうやって人々の最期を看取る度に、なけなしの寿命を得るために生き地獄に苦しんだ母の顔が過ぎり、僕にはいよいよ世間で言うところの生きる喜びだとか死ぬ哀しみ、医療の意味さえもわからなくなってしまいました。当時の僕を動かしていたのは、医者として作られた己の使命と、命の灯をそっと消す瞬間の背徳的な喜び、相反するそれらのみでした。


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