超・有能助手ロマエ爆誕


 こちらは、たわちゃんさんへの依頼小説『実績 ‘’墓参り’’ を解除しました!』の派生SSです。

 

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 悪夢を見るのは随分と久しぶりな気がした。

 なにせここ数日はいつにも増して不眠が捗り、極短い眠りに落ちることすらままならなかったからだ。激しい動悸は悪夢への恐怖では無く、気絶から目覚めた後には必ず訪れるものだ。

 ――当然、お化けが怖いせいでもない。

 

 あれから何日経っただろうか。分厚いカーテンを閉じていても、裾から漏れ出す眩い光のひだが太陽が随分高い位置まで昇っていることを示している。ずっと飲まず食わずでいたせいか、水分を失った瞼がざらざらと眼球を傷付けるような感覚がする。不思議と空腹は感じないが、血と肉の重みでベッドに磔にされた全身がひどく重たい。

 一方で、夢を見せても睡眠は睡眠であるらしく、少しだけ冴えた脳みそが日付感覚を思い出そうと働き出す。確か来週、もしくは今週には欲しいと頼まれていた処方箋があったはずだ。こちらを急かしておきながら先方からの注文書が届いておらず、作業に取り掛かれずにいたものだ。

 郵便受けを見に行かなければ。焦る気持ちのまま頭を起こすのと、サイドテーブルにぱさり、と封筒が落ちてくるのがほとんど同時だった。

 

 驚いて思わず布団を被り直してしまった。

 一瞬思考停止していると頭上からは「おはよう、赤犬殿」と未だに耳慣れない声が降ってくる。何度聴こえないふりをしたところで、夜明けが過ぎて私が身動ぎするのを感知すると、その声の主は飽きもせずに話しかけてくるのだ。

 件の男は、あの日から片時も離れることなく私の周りをついてきていた。家に閉じ籠ってすら、一人きりで休むことを許されないというのはもはや拷問に近い。それに、ここまで完全に知らんぷりを決めておきながら、そろそろ相手を無視することに耐え兼ねている自分にも気付いて憂鬱になる。相手と言うのも変な話だ。何しろ彼はとうに死んでいるのだから。しかし幽霊とはいえ、ひとたび会話が成立してしまえば生きた人とどう違うと言うのだろう。一方的に誰かを無視するのに良心の呵責が無いとは言わない、特に挨拶を無視するというのは大変心に良くない。

 でも今更、どうすればいいのかは分からない。後悔も非難も全てが自分に突き刺さる。

 

 これまでも取り忘れたと思っていた郵便物が玄関先やテーブルに無造作に置いてあったことは何度かあり、いよいよ記憶障害か夢遊病でも発したかと思っていたのだが、それが間違いだったことにここ数日で気がついてしまった。目の前の封筒にしたって、読む前にまずはわざわざ取ってきてもらったことへの謝意を示さなければならないに違いない。こんなことなら変な情けをかけず、郵便受けに放っておいてくれれば良かったのにと思う。そうすれば手紙は永遠に自分の領域のもので、以前のようにそれを手にして読むのになんの憂慮も必要なかったはずなのだ。

 頭の中で散々言い訳を並べ立てながら、私はできるだけ衣擦れの音をさせないよう腕にあたる部分の布団を反対の手で押し上げてから手紙の方へ手を伸ばした。しかしあと少しというところで指先は届かず、無理矢理伸ばした肘の骨が嫌な音を立てる。すると、手紙はスイと自ら滑り出て指の下に収まった。ああもうやめてくれ、という気持ちと、どうにでもなれという諦めが混ざりあって思わず口が滑った。

 

「…………どうも」

 

 返事はなかった。それはそうだ。今更こんな中途半端な言葉を発せられたところで何ものにもなるまい。むしろ今までもわかっていながら無視していたことがはっきりと証明されてしまっただけである。胸の中の引っ掛かりが取れたような、僅かな取っ掛りを失ったような、諦めに似た清々しさを感じながら、無造作に布団の中に引きずり込んだ封筒を破って何とか中の文面に目を通そうと凝視する。

 

「そんなに暗くちゃ読みにくいだろ?」

 

 声がするなり、分厚い布に取り付けられたいくつもの金属金具がレール上を滑る音がして、布団の隙間から強い光が差し込んで来る。いたずらっぽい物言いに嫌悪の色を感じなかったことに、何故こうまで安堵するのかは分からない。混乱する心を鎮めるため、今度こそはっきりと読み取れるようになった注文書に目を通す。と、何やら非常にまずいことが書いてある気がする。

 

「……ロマエくん、今日が何日か分かるかね」

「日付はわかんねぇけど、あんたが布団の饅頭になってからは丸2日経ったよ」